Diary 2006. 4
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4月29日 (土)  残りわずかに・・・・

ほとんど毎日愛飲している泡盛≠ナすが、残りが・・・の状態です。写真の瑞穂と残波は市内の酒店から買ったものです。今でこそ10〜20種類の泡盛は置いてありますが、数年前までは身近な店では売られていないのが現状でした。
しかし、残念な事に私の好きな北谷長老≠ェすぐ買えない事が残念ですね。でも今では、沖縄のM氏やO氏などが、なくなりそうになると送ってくれるので助かっています。(M・O早くこのブログを見てくれ!!!) そしてM・O両氏とよく行く居酒屋Pの泉崎店の支配人が衛星TVに出ていました。いつもと変わらぬ美貌はよかったのですが、「40年もの」の泡盛が店にあって特別な客に出しているそうです。M・O、オレたちは特別ではないらしい。さて、それはそれとして明日から宅急便の到着を心待ちにしておきますね。

写真左:座波
写真中:瑞穂
写真右:「島ラッキョウ」がないので「佐賀産のらっきょう」

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4月20日 (木)  時には、漢詩でも。新里眞沙生氏との再会。

私自身、漢詩は不勉強でよく分かりませんが、氏は日本人には漢詩が必要と思い、その広がりを模索されながら各地で教室を開かれています。また絵画や陶芸分野では才能を発揮されており、近々新しく窯を新設予定とのこと。
----久しぶりに会った新里眞沙生氏。氏は陶芸・絵画・漢詩の作家として活躍しています。[昭和9年台湾生。両親は沖縄出身の教師、戦後沖縄に帰郷するが、佐賀県に移転。東京で油絵を中心に美術を学ぶ。福岡県の百貨店で宣伝部に働く。その後、作家活動に入る。武雄市在住]

中国 五臺山山麓 竹林寺抒情 (写真/中)
本文 :
渺滂たる雲波 山に傍うて深く 古丘の摶塔火に沈まる
村人草を拂えば 晨鶏噪ぎ 一片の落英 薙蔘に翩る

解説 : 五台山の山裾深く
         朝霧が雲の波のように遠く迄広がる
   丘の上には、古い煉瓦作りの塔が立っていて
         むくげの林の中にひっそりと納まっている
   早朝、時を告げる鶏が鳴き始める頃
   村の人達の振り払う長い柄の草刈り鎌の先っぽに
         ひらひら一枚の花弁が落ちてゆく

写真左:新里眞沙生氏
写真中:漢詩/中国 五臺山山麓 竹林寺抒情
写真右:木版画/小さなため池のある郷里の森

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4月18日 (火)  当社の優れもの。

Mac 現在、私が日頃からお世話になっている三台目のPowerBookは、ちょっとした優れものです。カッコいいのはもちろんですが、なんと暗がりでも仕事をさせてくれます。暗闇でもキーボードが光るのです。夜間の車の中では、車内灯をつけてメールの確認や発信をしていましたが、どんな暗がりでもOKです。しかしこの記事を書いていると、なんか虚しくなりますね。そこまで仕事をさせるのか? でもファッション性というところは、さすがにマックですね。
出張時の空港等でMacを使っていると、「カッコいい」とか「そのPCは・・・」等とよく聞かれます。私自身、Winより先にMacから使い始めましたのでどうしてもMac派になりましたし、社内でも80%がMacです。

写真:PowerBook G4

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4月17日 (月)  トップ当選

4月10日より、友人の選挙の手伝いをしていましたので、ブログを書く時間がありませんでした。
地道な後援会活動から家族総出での選挙戦、地元を始めとする町内からの幅広い支持をもらってトップ当選をはたすことができました。52歳のT氏は3期目の町会議員です。

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4月8日 (土)  BE講演会

今回のテーマは「甦れ、日本」でした。九州各地より、200名のBE体験者が集まりました。小林多喜二(特高警察の拷問を受けて昭和初期に死亡した作家、1903〜33)の壮絶な人生とその母の深い愛情のお話をしていただきました。現代社会の私どもが忘れかけている心の問題の提議をしていただけました。また藤原正彦先生の「国家の品格」にちなんだお話で、行徳先生は「自分=私」がない。「自分自身が鮮やかでない」「自分が自分から遠ざかっている」「自分が自分に戻った時、感動がある」とハッとご指摘もいただきました。日頃から、自分を好きになれ!! そして、凛とした生き方をしなければと感じました。
男の美学として先生は、よく頭山満の話をされますので勉強していきたいと思います。頭山満(とうやまみのる1855年5月27日(安政2年4月12日-1944年10月5日福岡県出身)アジア主義の立場で運動を行った国家主義運動家。(福岡藩士筒井家の三男として生まれる。後には母方の頭山家を継ぐ)
写真左:講演が終わり、レセプション会場にて。
写真中:行徳先生/今夜も作務衣姿ですね。
写真右:亀蜜本社の会長とは、先月の京王プラザでもご一緒でした。

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4月2日 (日)  花の情報/第三号・菜の花II

農業県佐賀県には、いたる所に田んぼがありますが、この時期の田んぼには、以前であれば菜の花やレンゲ草が咲いてました。しかし、確実に少なくなっています。その素朴な質問を米作りのプロである稲富ファームの稲富社長と同社の江島氏に聞いてみました。

Q.1 昔の田んぼにはレンゲ草や菜の花が咲き乱れておりましたが、今は少ないと思います。
----そうですね。菜の花は確かに少なくなっています。自分たちが子供の頃までは、街には食用油を製造販売する「(菜種)油屋さん」がありましたが、もうないですね。輸入品や流通の変化により、なくなったものと思います。(稲富社長)
----詳しくはわかりませんが、私の憶測ではその蓮華草や菜の花に寄ってくる虫が作物に被害を与えるという安易な理由(本当かどうかはわかりません)で草と一緒に草刈して、更に除草剤などをまいて根から枯らしているためだと思われます。わたしはこの考えを否定的に思っていますが、私も勉強中なのでなんとも確言して言い切れません。(江島氏)

Q.2 菜の花を咲かせて、それを田に鋤き込むといいのでしょうか?
----稲富社長の話ではその方法もあるみたいです、鋤きこむことでその菜の花の有効成分が微生物などのえさとなり、その微生物の活動が活発になり土の養分を分解して、植物の根からの吸収を助ける働きをし、植物の生育促進の手助けをしている可能性があります。これもいま勉強中なので確言できませんが・・。
(人間で例えるとちょうど腸にいる菌と同じ様な働きをしていると思われます)(稲富社長/江島氏)
[稲富ファームのURLは、http://www.inadomi.jpです]美味しいお米を始めとする農産物等をネット販売されていますので覗いてみて下さい。

私(筒井)が調べた範囲では、次の事も言えると思います。
レンゲ草の根粒の中には、根粒菌という細菌(バクテリア)がいっぱい住みついているそうです。根粒菌は、宿主であるマメ科植物(レンゲ草)から栄養をもらって生きていますが、マメ科植物も根粒菌を根につけているおかげで得をしているのです。それは,マメ科植物が自分ではつくれないものを根粒菌がつくってマメ科植物に与えているそうです。つまりギブ・アンド・テイクの関係ですね。根粒菌は空気中の窒素の気体(ガス)を材料にして窒素化合物を作って与えている訳ですね。
窒素・リン酸・カリの三大栄養素の一部をレンゲ草で賄っていたんですね。
菜の花やレンゲ草が花絨毯のように田に咲いている光景は、「東方見聞録」に記載されているように「黄金の国ジパング」だと思います。もちろん、それは秋に実った稲穂か、春の菜の花の色かは定かではありませんが・・・。マルコポーロはフビライ・ハンが治めていた元の国に滞在中、海の向こうに 黄金に輝く国があると言うことを聞き、1度訪れたい思っていましたが、実現せずにポルトガルに帰国したそうです。しかし、その思いがアメリカ大陸発見へと導いたと言われています。

写真左:まさに、花の絨毯ですね。(三日月町)
写真右:菜の花のアップ(小さい花の集合体ですが、咲き誇る感がしてパワーがありますね)

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4月1日 (土)  花の情報/第二号桜

3月26日に多布施川沿いの桜情報をお伝えしましたが、4月1日についに満開しました。翌2日には、桜マラソンが開催され、5200人が参加しました。
この時ばかりと静かに咲く桜、あるいは仲間より先に風に舞う桜の花があります。
「春の音 静かに咲くも 桜なり」「風と舞う 桜の中に 兄を見る」後の句は、義理兄のことを思った句です。今年の桜には、私の心境は少々複雑な思い出になりそうです。
写真:3月27日撮影した同じ桜の木です。

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