Diary 2006. 6
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6月30日 (金)  現在、右肩上がりです・・・・血圧ですけど。

最近、血圧が少々上昇気味です。20代、30代、40代、50代となると何らかの変化が表れますね。食事も睡眠も生活スタイルもバラバラで目茶苦茶ですのでしょうがない、と言えばその通りですが。思い当たる方は、いませんか?
私の場合、会社の近くに「ヘルシーみやざき」という薬局があり、毎日血圧測定に行っています。そこの小島薬剤師がうるさい程に「生活は、こうしなさい。食べ物は・・・・タバコは・・・・」と過剰なばかりのアドバイスをしてくれます。長崎県の五島出身の小島氏は、病気や薬のことだけでなく、博学ぶりも発揮しています。私と時間が許す限り、いろんな話をしますが、楽しいと同時によくここまでと、思える程の話になったりします。彼も苦労人の一人として患者のことや店のことまでたいへんみたいですね。しかし、私のことも気ずかってくれて感謝しています。「今日は、下がってますねとか、また徹夜したでしょうとか、あまり飲み過ぎないように・・・」私は佐賀弁で「分かっとー」との返事をして帰るのが毎日です。専属の医者もいいけど、薬剤師もいいですね。そして若手の堀田君にもありがとうと言いたいですね。ヘルシー宮崎・神園店(0952-33-8266)
写真:左 こうして毎日、測っています。
写真:右 小島先生です。多分52歳でしょう。

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6月26日 (月)  「一服」今回は、漁村で一服。そして「鯛めし」

玄海町(佐賀県唐津市の西)仮屋の漁港に取材で行きました。13:00からの取材でしたので、その前に波止場で弁当を食べました。当地仮屋は養殖が盛んで早くから鯛やフグを養殖されています。この日は、船の出入りも少なくて穏やかな波の音を聞きながら、弁当を食べていました。美味いですね。いつもは会社で皆と一緒の時が多いのですが、海で一人になっての食事もいいものです。
私の場合、小社ですが経営をしていると、いろいろあります。現状の仕事のこと、社員のこと、資金のこと、将来のこと・・・。障害物や壁にぶつかった時に、あてもなく、一人で車を飛ばしてホッとできる場所で考える、その場所で考えがまとまらなければ、次の場所へ・・・・。知らない土地で夜明けを迎え、急いで帰社し、何事もなかったように仕事をする。何回、何十回あったことか。自分の後ろには、誰もいない。・・・だから、逃げ出せない。一服することは、いろいろあれど、今回の波止場での一服はよかった。
それと、取材に協力していただいた「フレッシュの会」の皆さんより、鯛めし用の鯛セットをいただきましたので早速作ってみました。食べた感想は「これは、美味い・・・・」の連発でした。事務所の社員も「また作って下さい。」・・・「自分で作れ!!」と言いたいよ。
鯛めしセットのお求めは、フレッシュ会連絡先(佐賀県玄海町)(岩下さん)0955-52-2911まで。
写真:左 玄海町仮屋漁港の波止場
写真:右 始めて作った鯛めしです。「とても美味しかったですよ」

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6月23日 (金)  慰霊の日に想う事。

今朝、毎朝の職場の教養を読んでの朝礼時に、社員のみんなにも話しましたが、本日は第二次大戦で国内唯一の地上戦が行われた沖縄県の慰霊の日です。沖縄在住時には、糸満市の平和祈念公園のはがくれの塔の清掃に毎年行っていた事を思い出しながら、尊い命が犠牲になった事を話しました。沖縄戦で亡くなられた佐賀県出身者の方々の914柱の御霊が祀られています。沖縄戦では戦死者20万人以上の内、沖縄県の人々(非戦闘員)が9万4千人が犠牲になられています。それは当時の沖縄県民の4人に1人の貴重な命が奪われたことになります。私も、母が肥前鹿島駅で働いていた昭和20年8月9日の原爆の話を聞いたことがあります。その時の悲惨な出来事の事は忘れることができません。駅で働いていた母は、原爆投下時(午前11時2分)から数時間後に貨車に乗せられた数多い被災者が運ばれてきたそうです。その人々は「水、水・・・・」と言葉にならない声を出していたそうです。そしてそのほとんどの方が亡くなられたそうです。その原爆投下で長崎市の人口の3分の2の方々が死傷されたそうです。広島市でもそれ以上の悲惨なことがあったことでしょう。
今、私たちは戦後61年間の平和に感謝するとともに沖縄戦や外地で亡くなられた方々、そして広島・長崎の原爆で亡くなった方々等、すべての戦争犠牲者に哀悼の念を捧げなければいけません。そして日本人が忘れかけている国・国民という心の問題です。それが欠落しかけている、ということに気付かなければ真の平和や豊かさや進歩はないと思います。
[世界の現状を知る事なく、そして考える事なく、世界平和だけを言っていては平和は維持できません。今でも周辺の独裁国がミサイルを発射しようとしています。]

写真左:時々行く沖縄のビーチです。
写真右: ビーチのヤシの影が何か言いたそうです。

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6月16日 (金)  イチローの背番号と同じ「51」・・・我が年齢。

さて、本日は私の誕生日であります。
うれしいことに数人の方より、お祝いを頂戴しました。
沖縄のSさんからは北谷長老をいただきましたので、早速飲んでいます。美味しい以上の味がします。・・・・現在お互いに苦労の最中ですが頑張りましょう。
次に私事ですが、我が娘とY君より、父の日のプレゼントとしてもらいました。毎年送ってくれているので感謝しています。

・ ・・・51歳まで生きてこられて思うことは、坂本龍馬や織田信長より長く生きてしまったな、と思っています。昨年の誕生日にも思いましたが、(龍馬33歳・信長50歳/昔は数えでの年齢でした) 龍馬や信長みたいな「大成」を成すことはできなくとも、自分のキャパに応じた大成はできる。そう信じてやってきたし、これからも続けます。本日は感謝の気持ちと目的の継続について見つめ直す日でもありました。

写真左:普通の夏スタイル。[普段はこんな険しい表情が多いんです。あんまり声もかけたくありません。(必要以外には・・・)]
写真中:去年から愛用している「かりゆしフェア」[流行のクールビズじゃない、と本人の弁。沖縄が好きな社長は自然と似合ってきて、表情まで和らいでます。]
写真右:父の日のプレゼントらしく、機嫌がいいこと間違いなし。毎日でも着てほしいと思います。プレゼントのシャツを着て北谷長老(泡盛)を飲めば、こうなります。「今日は、最高!!」の連発でした。・・・・お疲れさまです。
*写真の撮影と記事は、新米のSAKIが担当しました。

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6月8日 (木)  梅雨入り / 花の情報/第六号 成長している「ゆりとベコニア」

本日より、九州北部は梅雨入りです。いやな季節とは言っておられません。なぜなら、私は6月生まれです。自分の生まれた月や国や県等の出身地は愛着や愛郷の念があるものです。もちろん、生んでくれた両親やご先祖先に対しても。
さて、語源由来辞典によると、
梅雨とは、六月から七月中旬にかけて、朝鮮南部・長江下流域から、北海道を除く日本列島に見られる雨期。五月雨(さみだれ)。ばいう。
梅雨の語源・由来
梅雨は、中国から「梅雨(ばいう)」として伝わり、江戸時代頃より「つゆ」と呼ばれるようになった。
「日本歳時記」には、「此の月淫雨ふるこれを梅雨(つゆ)と名づく」とある。
中国では、黴(かび)の生えやすい時期の雨という意味で、元々「黴雨(ばいう)」と呼ばれていたが、カビでは語感が悪いため、同じ「ばい」で季節に合った「梅」の字を使い「梅雨」になったとする説。
「梅の熟す時期の雨」という意味で、元々「梅雨」と呼ばれていたとする説がある。
日本で「つゆ」と呼ばれるようになった由来は、「露(つゆ)」からと考えられるが、梅の実が熟し潰れる時期であることから、「潰ゆ(つゆ)」と関連付ける説もあり、梅雨の語源は未詳部分が多い。
まあ、延々と説明がありますが、こういうのは、どうでしょうか。
+Happiness・・・・つまり、to you happiness.あなたに幸せを・・・6月はそういう気持ちで頑張りますよ。
写真左:大きく育っている「ゆり」植えた時の倍の大きさになりました。
写真中:蕾とまではいきませんが、着実に育っていますよ。
写真右:ベコニアは、4年目になります。毎年、鮮やかに咲いてくれています。

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6月7日 (水)  疲労困憊

今回は疲労困憊でした。3日間の出張が1日延びましたが、その成果は予想をはるかに下回る結果でした。しかし帰社すれば、そんな事は言っておられません。前進あるのみ、一緒に走ってくれているスタッフに申し訳が立ちません。
写真は、福岡APより佐賀への車中です。私を含めて3名の乗客は静かに到着を待っていました。

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6月5日 (月)  First Time

取引先の皆さんと昼食に出かけましたが、その時に「大東すし」をはじめていただきました。大東島に伝わる伝統的なすしでさわらやカジキをズケにしてあり、おいしさは言うまでもなく、遠く離れた南・北大東島の香りさえも感じられます。
前日にT君が「おいしいソーキソバを食べにいきましょう」との掛け声で行きましたが二件とも休みだったので、本日の大東すしとソバのセットに感激でした。T君次回にお願いしますね。(あなたは酒抜きでね・・・・)
写真左:ソバと大東すしのセット
写真中:大東すし
写真右:ソーキ

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6月4日 (日)  第一部は、久々のウチナー料理と請福 / 第二部は、明日香園のみんなと一緒でした。

3月の上旬に沖縄に行きましたが、以来3ヶ月ぶりの訪問です。その時、O氏からもらったのが「請福」でした。その味が忘れられなかったため、持って来てくれました。
第二部は、5日でした。写真がないのが残念でしたが、ゆり生産農家の明日香園の社員旅行と合流して、一緒に食事会をしました。向井氏率いる総勢7名の皆さんと私の沖縄でのブレーン3名との食事会は明日香園のみんなが「美味しい、美味しい」と言ってくれて一安心です。それとI税理士がいい話をしていましたよ。秀社長とマダム(奥さん)も一緒の方がよかったけどケリーと台湾に行くとの事で今回は社員の皆さんを向井氏が率いての旅行でした。
写真左:請福とO氏
写真中:ソーメンチャンプルーと島ラッキョー
写真右:フーチャンプルー

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6月2日 (金)  花の情報/第五号 浜の証人「ハマヒルガオ」

最近、海についての記事を書いていますが、漁師さんや漁業関係者の取材をしてみると漁獲高の減少や環境問題の事についての意見が多い中、見つけました、浜辺から海を見つめている証人を。数百年いや数千年前から「ハマヒルガオ」は海を見続けています。毎年5月に花を咲かせているハマヒルガオに、どうしたら昔の海に戻りますか? と、聞いてみたくなりました。
以下は、地元新聞に掲載された内容です。
 唐津市の東の浜に群生するハマヒルガオが、見ごろを迎えている。初夏の陽気の中、薄紫色のかれんな花々が潮風によそぎ、観光客らの目を楽しませている。
 海浜植物のハマヒルガオは、ヒルガオ科の多年草。砂地をはうようにして茎を広げ、アサガオよりひと回り小さい直径三〜五センチのラッパ状の花を咲かせている。
 5月11日の県内は、各地で最高気温が二五度を超える夏日に。国民宿舎・虹の松原ホテル近くでは行楽客や家族連れが、かわいらしい花に足を止め見入っていた。例年より10日ほど開花が早い。

写真左:淡く可憐ですね。
写真右:撮影場所は唐津シーサイドホテルの隣です。

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