Diary 2006. 8
メニューに戻る
8月29日 (火)  元気な声が聞こえてきました。そして36年前の記憶が甦る。

顧問先からの帰路、走る車の中まで聞こえてくる声がありました。「こっちへ回せ」「右、右へ」・・・M中学校のグランドからサッカー部員達の声でした。当日は、ゲーム形式の練習だったと思いますが、皆は真剣そのもの。「自分にもこういう時期があったな」と少々感傷的になったりしました。私の場合、陸上競技だったために、そう元気のある声は出していませんでした。しかし、突然と思い出した自分の声があります。それは36年前のことです。私は短距離走とハードルをしていたのですが、中体連の駅伝時にどうしても最短距離の3キロだったのか、はっきりとした記憶がありませんが、出場することとなりました。
短距離走100mと200mでは、郡内で敵なし(本当です)だったのですが、それ以上の距離は競技としては走ったことがありませんでした。さて、前走者からタスキを受け取り、懸命に走って(幸い誰にも抜かれることなく、区間賞は無理でした)次の走者にタスキを渡す時に「頼むぞ!!」と私が言ったら、「まかせろ!!」と声が返ってきたときの様子が、一瞬のうちに甦ってきました。M中学のサッカー部の諸君のおかげです。彼らの感のこもった声が、私の36年という、遠い記憶を甦らせてくれました。こういうことは、日常の何処かにあるはずです。それを感じられるか否かです。「頼むぞ!!」「まかせろ!!」は、今の私たちが最も行わなければならないことではないでしょうか。仕事でも、家庭でも。あの時の信頼関係が今あればどんな困難も乗り切ることができると思います。
元気の源は、「気」です。あの少年達には、その気があります。まだ少々細いかも知れませんが、その気はまっすぐに伸びています。私たちビジネスマンに不足していたり、忘れてしまった「気」を見ることができました。ビジネスにおいても、「ストレート」を投げるようにしましょう。スライダーやフォークボールも必要ですが、ビジネスの相手から信用や信頼を得るためには、まずはストレートで挑みたいと感じさせられた時間でした。
---------ちなみに、我師行徳哲男先生によれば、「気」はその人の真ん中にある。空気・水気・雲気・天気・ヤル気・色気などの気がその人の周囲や環境に存在する・・・---------

写真:上・中 M中学校にて。サッカー部の練習風景。
写真:下 行徳哲男先生の「気」。

20060829-1.jpg 20060829-2.jpg 20060829-3.jpg



8月16日 (水)  最高のハンバーグ

見て下さい。写真のハンバーグを美味しそうでしょう。いや、実際に美味しかったですよ、最高に。実は、このハンバーグはお礼のハンバーグなのです。今月の初旬に私の十八番である「自称:薬膳カレー」を近所の薬局(ヘルシーみやざき)の皆さんに食べてもらいました。その中のOさんが作ってくれたものでした。
写真:最高に美味しかった、Oさんのハンバーグ。写真にはありませんが、ハンバーグ用とサラダ用のソースもすばらしいものでした。この日は、いつもより飲み過ぎてしまいました・・・・・。

20060816-1.jpg



8月7日 (月)  あらためて、平和のありがたさを感じました。

昨日、8月6日は長崎原爆記念日です。当社では、朝のミーティング時に原爆で亡くなられた方に対して哀悼の意を込めるのと同時に恒久平和を願って黙祷をしました。毎年、6月23日の沖縄慰霊の日と8月6日には行っています。
6月23日のブログにも書きましたが、私の場合、母より長崎の原爆投下日の悲惨さを聞いて育ちました。そして大戦中に志願して海軍に行った叔父から、戦地での出来事や当時の人々の生き方などを聞くことができました。戦前・戦中・戦後を生き抜かれた先輩の皆さんにからは、「戦争はするべきではない」との実感のある声ばかりです。
広島・長崎に落とされた史上初の原子爆弾投下を経験した我が国は、当然のごとく平和を訴えています。しかし、7月5日には北朝鮮より我が国を威嚇するように7発ものミサイルを打ったり、我が国領土(島根県竹島)を不法に占拠したり、調査と名を付けての我が国海域への侵入や潜水艦を堂々と我が国の領海通過など韓国・中国にも目に余るものがあります。
私も会社の経営に携わり、20年になろうとしています。その間、社員全員でヨーロッパへ旅行したことがあります。その時でしたが、パリの地下鉄の駅に自動小銃を持った警察官や警察犬を連れた警察官が各駅にいました。社員の一人が「何かあったのでしょうか?」と私に聞きます。「いや、パリに限らず陸路でつながった国では当たり前の光景だよ」と答えました。ましてヨーロッパの鉄道の中心であるパリです。何カ国にも線路はつながり、毎日大勢の人々が国境を越えているのです。その社員も少しずつ平和はただではない、という事が分かってきたと思います。
今この時間にも戦争状態だったり、内戦やそれに準じた争い事がイスラエルやイラクだけでなく、何十カ所も起こっています。それに飢餓や伝染病で苦しんでいる国や地方、民族まで入れると相当の数になります。平和ボケしたり、自分の生活の事だけを考える人にだけにはなりたくありません。
当社では、毎年自分達の給料の中からユネスコを始めとする募金を誰からともなく、集めてくれています。金額は少ないものの、その気持ちは必ず通じて役に立っている事でしょう。

[ご意見は、hj@bauhaus-japan.co.jpまでどうぞ]

イラスト:当社のデザイナーO君が描いた平和祈念像です。

20060807-1.gif



8月6日 (日)  身近なことから国・世界の事を想う。

どうも大きなタイトルになりましたが・・・・
よく愛国心を論じれば、右翼だとか極論者であるとか・・・・
私の場合、できるだけはっきり言うように心掛けています。つまり「出入口」ですね。自分から出さないと入ってこない、との考え方です。昨日もそうでしたが、人のしている事に対して小馬鹿にしたり、自分の意見を言う前に人のしている事の批評をしている人がいました。実に嘆かわしいと思います。
・ ・・・そういう人は、決して自分では気付いていないはずです。他人の痛みやそれを克服しようと努力している事を・・・
「自分さえ、よければ」という自己中心的な考えが、自分の判断を惑わせているのではないでしょうか。
さて私たちは、そういう人に構っている暇はありません。動き行く世間の中で身近な問題や将来についての行動を起こしているからです。
本日6日は、広島市に原爆が投下されて、多数の尊い命が奪われた日です。61年経つた今日、私たちは何を考え、何をすべきでしょうか。先日も久留米市のM社長が定例のミーティングに来られましたが、仕事の話が一段落した後に、自然と知覧の特攻隊員の話になり、知覧特攻平和会館にみんなで行こうということになりました。沖縄戦の際に沖縄海域に向けて飛び立ち、亡くなられた隊員は436名ということです。知覧以外の基地から飛び立たれた陸軍特攻隊員を含めると1400人以上とのこと。そのほとんどの隊員が訓練途中の若人達です。戦時中のことで十分に学校に行く事もできず、そして青春も謳歌する事なく散って行った若人達。
私達の小・青年期には何不自由なきに過ごすことができましたが、時代という狭間で尊い命を捧げられた先人に対して、今を生きる者が他人ごとのように、政治や国の内外の事を軽視するのは、どうしても理解できません。つい先日の出来事ですが、独裁国からミサイルを発射されたり、国内問題までも口を出されているのです。---水と平和はタダだと思っていませんか?---

[ご意見は、hj@bauhaus-japan.co.jpまでどうぞ]

写真:左 倉津社長(倉津設備設計)所有の零式戦闘機の写真を撮らせていただきました。陸軍の知覧基地からは飛燕などが飛び立ったとのこと。
写真:右 夏の沖縄の海です。

20060806-1.jpg 20060806-2.jpg



8月4日 (金)  大人の思い出

倉津社長の会社(倉津設備設計/佐賀市)に訪問しました。月に一度位はお邪魔しています。社長はお忙しくなかなかお会いすることができませんが、奥様といろんなお話をさせていただいております。
さて、写真をご覧下さい。事務所の中にフォルクスワーゲンがドンと位置しています。社長の愛車だったこのフォルクスワーゲンは、倉津社長の年輪の一部でしょう。たしか大戦を挟んでポルシェ博士が開発した車で紆余曲折の中、量産されたと聞いています。私自身、この車には縁がなかった訳ではありません。実際に自家用車として所持することはありませんでしたが、ビートルとしての生産がドイツで打ち切りになって、スタンダードのビートルがメキシコで生産されていますが、そのメキシコの販売会社のB社長が来日された時に、九州でのビジネスの世話をしたのが私でした。お互い日本語とスペイン語が母国語の上、英語での会話でしたので苦労した思い出があります。しかし、嬉野温泉に泊まって肥前夢街道で忍者ショーを見せた時には、B社長は感激していました。
さてさて、倉津設備設計の倉津社長に話題を戻したいと思います。元々技術畑を一直線に進んでこられた倉津社長は建築士として、またアイデアマンとしてその実力を発揮しておられます。仕事面での実績もすばらしい実績を多数お持ちですが、数年前に「落ちないポケット」を考案し、特許まで取得されています。これは胸ポケットに入れた物(携帯電話/名刺入等)が下を向いたり、飛び跳ねたりした時に名前の通り、落ちないのです。私のように夏場は上着は着用せず、半袖のシャツを多用する者にとっては重宝しています。
また奥様も多様なお方で、当社もたいへんお世話になっております。

写真:左 事務所内にあるフォルクスワーゲン
写真:中 ミニチュアも、数百店あるでしょう。
写真:右 「落ちないポケット」はこうして使います。詳しくは、http://www.ochinai-pocket.com/をご覧下さい。

20060804-1.jpg 20060804-2.jpg 20060804-3.jpg



8月1日 (火)  バウハウスの8月。

春夏秋冬・・・・日本にはすばらしい季節があります。四季の移り変わりが静かに訪れたり、今年の梅雨明けのように突然の真夏の到来もあります。バウハウスの19回目の夏は「一如」になります。・・・ならなければならないのです。初心を貫くためにも、信じてくれている人のためにも、なんとしても・・・・。

[感動を忘れた民族は滅びる]・・・・私たちは感動を忘れませんし、毎日が感動の連続です。今日もありましたよ、入社6ヶ月目のO君が・・・・・。先週に引き続き、ヒットを飛ばせてくれました。私としては心配して心配して、その気持ちの表現を励ましのつもりで彼に言っていることが、叱責になってしまったりしていましたが・・・
みんなが伸びる素質を持つています。それをどう活かせるチャンス作りをするかが、私の仕事です。
やっとエンジンが掛かってきた感のある若手の三人(アイクリックの二名を含む)は、忙しければ自主的に早朝出勤・日曜出勤をしてくれます。事実O君は昨夜10時に帰り、今朝は7時に出勤しています。アイクリックに関して言えば、先月よりサマータイムを実施して朝7時30分の出勤です。こういう彼らを見習わなければならない者がいることも事実です。
私たちBi(バウハウス・アイクリック)としましては、この夏は北城ろう学校の野球部の若人(ブログ7月22日)のように、聞こえない音を聞いたり、見えないものが見えるように努力せねばならないと思います。さあ我が兄弟・我が子よ、一歩飛び出せ、羽ばたいて飛翔せよ、信じた道へ空へ。後悔しない人生のために。

写真:左 O君です。酒・タバコ・○○○・・・やらず、真面目一筋ですが、ヤル時は、ヤルよ。
写真:右 アイクリックのネコこと、SAKIです。気付いてみたら24歳でした。これからを見て下さいね。

20060801-1.jpg 20060801-2.jpg



2006/8
SuMoTuWeThFrSa
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

前月     翌月