Diary 2008. 6
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6月24日 (火)  訃報

82歳4ヶ月のご生涯だった。私の恩師、M先生の訃報はS氏より突然の電話で知り、葬儀に行ってきました。生を受けて物心ついた頃から人は学びに入り、社会人になる寸前までそれは続くことになります。その間、数多い「先生」と呼ばれる人と出逢いますが、私の場合は真の恩師が三名おられます。M先生はその中のお一人でした。高校生の時、担任ではなかったものの生活指導の担当で、ずいぶんM先生にはお世話になりました。こう書けばお分かりのように、当時の私は生活指導を受けるような生徒だったのです。今でこそ、体罰とか言って暴力行為はありませんが、私たちの時には当たり前の時代でした。しかし、M先生からそれを受けたことは思い出されません。諭すようなもの言いで納得するまで時間をかけて指導してもらいました。後のお二人の恩師は、大学の時のI教授と日本BE研究所の行徳先生です。(行徳先生は、当ブログでも紹介させていただいております) I教授には、むしろ社会人になってからもお世話になりました。中小企業経営者論がご専門だっために、地域活性化のために小論文をお願いしたこともありました。そのI教授も二年前に、故人となられました。ですから、本日のM先生の葬儀に参列し、感慨深いものを感じました。私の恩師である三人の先生方は、その存在そのものが、私への無言の指導であり、心の教育者でした。ありがたい先生方です。しかし、お二人も逝ってしまわれました。[親孝行したい時には、親はなし]という諺がありますが、私にとって、なんの恩返しもできずに今日まできてしまいました。

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6月7日 (土)  やはり、道は開ける。

自分で人生を切り開ければ何度でも立ち上がれる・・・・本のタイトル[赤い自転車に乗って]の表紙上部のコピーです。
 致知出版社からのメールでこの本のことを知り、直ぐさま注文しまして、一気に読破しました。致知出版社発刊の本には感動する本が数多いのですが、まさに感動ものの一冊でした。致知出版発刊書の中で著者の山村洋子さんが少ない女性であることも、その要因のひとつかも知れませんが。
必死で歩んでこられた山村さんの人生、その必死さが活字を通して私の心の中に入り込んできて、熱いものを感じさせてくれました。幼少の頃から社会人へのスタート前に、マイナスから始まるその内容は、いたるところで私の今までの生きてきた道のりとオーバーラップするところがありました。その時の自分の判断と山村さんの判断の違いがあまりにもかけ離れていて、恥ずかしい想いも多々ありました。
 自分で人生を切り開ければ何度でも立ち上がれる・・・・勇気やヤル気だけでなく、生きる力に力強さを与えていただいたような感じです。そのいただいたものを自分とその回りの人々に素直にぶつけていきたいと思う次第です。
 今いるこの場所で“必要な人”になりたい。そういう努力をしていれば、必ず道はひらける。(表紙帯のコピー)
*[赤い自転車に乗って]からコピーを引用させていただいております。

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